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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)11209号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、金一一万二七〇〇円及びこれに対する平成九年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、大阪府高槻市立の小学校に教員として勤務していた原告が、懲戒処分による停職期間中に、同市教育委員会に対して報酬を得る事業・事務へ従事すること(以下「兼業」という。)を許可するよう申請したところ、兼業を不許可とする処分を受けたので、同市に対し、不許可処分により、予定賃金一一万二七〇〇円(一日あたり四九〇〇円で二三日間)の収入を得ることができず同額の損害を被ったとして国家賠償法一条に基づき損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1(一) 原告は、昭和四六年四月大阪府教育委員会(以下「府教委」という。)により教員に任命され、平成九年当時、府が費用を負担する教職員(以下「府費負担教職員」という。)として大阪府高槻市立乙山小学校に勤務していた。

(二) 被告は普通地方公共団体であり、高槻市教育委員会(以下「市教委」という。)を設置している。市教委は府費負担教職員の服務を監督する地位にある(地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)三七条)。

2 原告の停職処分

原告は、平成九年八月二七日、卒業式妨害及び指導要録不作成を理由に府教委から同年一〇月二七日までの二か月間の停職処分を受けた。これに対し原告は大阪府人事委員会に不服申立てをした。

3 原告の兼業許可申請に対する不許可処分

(一) 原告は、平成九年九月二六日、市教委に対し、次のとおり兼業許可申請をした(以下「本件許可申請」という。)。

(1) 目的 生活費を得るため

(2) 勤務先 福井県丹生郡越前町廚アクティブハウス内レストラン「丙川」(経営者丁原松子)

(3) 期間 平成九年一〇月一日から同月二六日まで(週一日休日・実働二三日)

(4) 勤務時間 午前一〇時から午後六時まで(休憩一時間)

(5) 業務内容 接客及び片づけなど

(6) 賃金 時給七〇〇円(日額四九〇〇円)

(7) 休日 週一日

(二) 市教委は、平成九年一〇月三日、市教委教育長奥田晴基名で原告の右申請を不許可とする処分をした(以下「本件不許可処分」という)。

4 被告には地方公務員の兼業許可に関する明文の基準がない。

三  争点

本件不許可処分は違法であるか。

(原告の主張)

1(一) 市教委は、条理上、大阪府の定める営利企業等の従事制限に関する規則三条や茨木市の定める営利企業等の従事制限に関する規則三条と同様に、兼業許可申請に対して、<1>職務の遂行に支障を及ぼすおそれのない場合、<2>職員の職との間に特別な利害関係がなく又は生ずるおそれのない場合、<3>職員の職の信用を傷つけ又は職員の職全体の不名誉となるおそれがない場合には許可すべきである。

(二) 本件では、<1>許可申請当時原告は停職処分中で、その期間に限って兼業しようとしたのであるから、職務の遂行に支障を及ぼすおそれはなく、<2>レストランの接客業務等の従事は教職員としての業務と全く利害関係がなく、<3>妹の紹介であり、社会的に不相当な者が経営する会社でもないから、職員の職の信用を傷つけ又は職員の職全体の不名誉となるおそれがあるとの事情もなかったことは明らかである。

(三) 県費負担教職員については、県と市との連繋を強く要請している他教行法の趣旨に照らせば、市町村教育委員会は、市町村の人事委員会規則がないときには、都道府県の規則に準じてその許否を決すべきであり、府費負担職員である原告の本件許可申請については市教委は大阪府人事委員会規則に従って許否を決すべきである。

(四) 国家公務員の兼業禁止を定める国家公務員法一〇四条の規定を実施するために制定された職員の兼業の許可に関する総理府令一条が定める許可基準(「その職員の占めている官職と国家公務員法第一〇四条の団体、事業又は事務との間に特別の利害関係がなく、又はその発生のおそれがなく、かつ、職務の遂行に支障がないと認めるときに限り、許可することができる」)は、地方公務員の兼業にも適用ないし準用されるべきものである。

(五) 市教委は、公的な業務でないという理由から本件不許可処分をしたというが、そのように公的業務に限定して許可をする運用は地方公務員法(以下「地公法」という。)三八条が予定するものではなく、兼業を全面的に禁止するに等しいものである。

(六) 本件許可申請した当時、原告は二か月間の停職処分中であったところ、給与不支給をともなう停職処分が一か月以上続けば、被処分者の生活を困難ならしめるものであるから、本件許可申請に対しては、日本国憲法二五条の趣旨をも判断基準として許否を決すべきである。

(七) したがって、本件不許可処分は市教委の裁量権を著しく逸脱するものであり、違法である。

2 市教委は、実際は、原告の卒業式妨害、指導要録不作成に対する懲戒ないし制裁の目的により本件不許可処分をしたものであるから、本件不許可処分は市教委の裁量権を濫用するものであり、違法である。

(被告の主張)

1 市教委は、本件許可申請については、公的な業務ではないため、不許可としたものである。

2(一) 地公法三八条二項が人事委員会が任命権者の許可の基準を定めることができるとしているのは、同一地方公共団体内における任命権者間に不均衡を生じないよう調整をとる趣旨であり、兼業許可の基準に関する規則を制定していない高槻市においては、右許可の可否は任命権者の裁量にゆだねられているところ、高槻市においては、従前から公的な業務についてのみ兼業の許可を与える取扱いを行っており、市教委は同様の取扱いをしたものであり、本件不許可処分は適法である。

(二) 地教行法四三条によれば、県費負担教職員の服務の監督は市町村教育委員会が行うことになっており、兼業許可につき、市教委が大阪府の人事委員会規則に拘束されることにはならない。また、人事委員会を置かない市町村の場合、当該市町村教育委員会が許可権者として許可の基準を定めることはできるから基準を定める主体は存在するし、人事委員会を置く市町村においても許可基準を定めた人事委員会規則が存在しないこともありうる。

(三) 原告主張のように、総理府令一条の許可基準と同様の基準に従って判断すべきであるとするなら、自治省令等で規定が存するはずであり、そのような規定が存在しないことは、むしろ地方公務員については国家公務員と異なり全国一律の基準を置くのではなく、各任命権者の裁量にゆだねられていると解すべきである。

(四) なお、仮に原告の主張する基準によっても、卒業式を積極的に妨害し、法令上作成義務の存する指導要綱を作成しなかったことで停職処分を受けた原告が、何ら反省することなく兼業に従事することは、「職員の職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるおそれがない」とはいえない。

第三  争点に対する判断

一  市教委の許可の基準について

1 地公法三八条一項の兼業許可については、地公法三八条二項は人事委員会が任命権者の許可の基準を定めることができるとしているが、被告には地方公務員の兼業許可に関する明文の基準がないから、その判断は任命権者である市教委の裁量にゆだねられているといわなければならない。

2 原告は、市教委も大阪府ないし茨木市の規則に従うべきである、また総理府令第一条を適用ないし準用すべきであると主張する。

しかし、地公法三八条二項が各地方公共団体の人事委員会に許可の基準の制定をゆだねていることからすれば、すべての地方公共団体が一律の基準に従うべきであることを法が予定していないことは明らかであり、各地方公共団体は地方の実情に応じて許可の基準を判断すべきであり、被告において明文の許可基準が存しないからという理由で、大阪府ないし茨木市における規則あるいは総理府令第一条が準用ないし適用されるということはできない。

3 ところで、原告は、市教委が大阪教育合同労働組合(以下「教育合同」という。)との事前交渉において、教育合同に対し、大阪府人事委員会規則で示された基準によって許可を決することを述べたと主張し、証人戊田及び原告は、右主張に副う証言及び供述をしている。

しかし、《証拠略》によれば、市教委の教職員課長であった甲田が、府立学校教職員の場合に適用される大阪府人事委員会の規則は参考になるとの内容の回答をしたが、具体的にどのような場合になるのかとの教育合同の質問については、申請を受けてから判断すると回答したにすぎないこと、兼業許可の基準に関する質問についてはあらかじめ交渉申込書にも記載されておらず、高槻市においては同種の事例が存在せず、実際の決裁権者とも打ち合せていなかったこと、具体例については暴力団が経営する会社については許可されないと言ったのみであることが認められ、これに反する証人戊田の証言及び原告の供述部分は採用できない。

4 そうすると、地公法三八条一項の兼業許可については、任命権者である市教委の裁量にゆだねられているものと解されるから、地公法三八条一項の趣旨に沿ってその裁量権が行使され、裁量権の逸脱ないし濫用がない場合にはその処分が違法となることはないと解される。

兼業禁止を定める地公法三八条一項は、職員は、職務の遂行に当たっては全力をあげてこれに専念しなければならないものであり(同法三〇条)、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならないものであること(同法三五条。職務専念義務)、職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務するものであり(憲法一五条二項、地方公務員法三〇条)、職務の遂行に当たっては特定の利益に偏することなく、常に中立かつ公正でなければならないこと(全体の奉仕者性)、職員は、職の信用を保持し、職全体の名誉を維持しなければならないこと(同法三三条。職務の公正の維持)から、報酬を得て他の事業又は事務に従事することを一般的に禁止しているものである。

したがって、兼業許可については、任命権者の裁量にゆだねられているが、任命権者が許可処分を判断するに際しては、兼業が職務専念義務や、全体の奉仕者性、職務の公正の維持に反しないかという趣旨に沿って、<1>職務の遂行に支障を及ぼすおそれ、<2>職員の職との間に特別な利害関係があり又は生ずるおそれ、<3>職員の職の信用を傷つけ又は職員の職全体の不名誉となるおそれなど諸般の事情を考慮して兼業の許可を判断すべきであると解される。

二  本件不許可処分の違法性について

1 被告は、兼業許可申請に対しては、公的業務についてのみ許可を与えている取扱いであったので市教委は公的業務ではない本件許可申請は不許可としたと主張し、これに加えて原告が懲戒処分による停職期間中であったことを考慮したと主張している。

2 前記のとおり、兼業許可申請に対して、<1>職務の遂行に支障を及ぼすおそれ、<2>職員の職との間に特別な利害関係があり又は生ずるおそれ、<3>職員の職の信用を傷つけ又は職員の職全体の不名誉となるおそれなど諸般の事情を考慮して兼業の許可を判断すべきであるから、公的業務とするところが、およそ報酬を得る事業又は事務に従事すること一般を排除することを意味するのであれば地公法三八条一項に反することになるが、報酬を得て全く個人的な目的の事業ないしは事務に従事する場合を除く趣旨で、公的業務にのみ兼業を許可する扱いとしても、その裁量権を逸脱するものとはいえない。本件の兼業はレストランへの勤務であり、公的業務であるとはいえず、全く個人的な目的の事業ないしは事務に報酬を得て従事する場合であるから、これを許可しなかったとしても、裁量権を逸脱する違法な処分であるとすることはできない。

3 次に、市教委が公的業務ではないことに加えて原告が懲戒処分による停職期間中であったことを考慮したことについて検討する。

本件においては、原告は、懲戒処分による停職期間中に兼業許可申請をしているところ、懲戒処分は、職員に法令違反、職務上の義務違反、非行があったときにその責任を追及し、制裁を課すものであり(地公法二九条)、停職処分を受けると、停職期間中は原則として給与を受けることができず、職務に従事できないとともに給与を受けられないという効果を生じるものである。

したがって、停職処分によって停職中であって職務に従事できないことから、形式上は職務に支障を来すことがないとして、停職期間中に報酬を得る目的で他の事業ないし事務に従事することを許可しなければならないとすれば、給与を受けることができないという点については停職処分を実質的に無意味とするものであるから、任命権者としては、兼業許可申請に対して、停職処分によって停職中であることを考慮したとしても、考慮すべきでない事由を考慮したものとはいえない。

逆に、停職処分によって職員が著しい貧困状態に陥り、兼業を許可しなければ生活を維持するのも困難な場合である場合には、これを考慮して許可申請を判断したとしても違法となるものではないと解される。

しかし、《証拠略》によれば、平成九年当時、原告は手取りで月収約四〇万円、賞与年二回各約一〇〇万円の支給を受けており、一人住いで特に借金もなかったものであり、二か月間の停職処分でただちに貧困状態に陥るものではなく、被告もこの点について検討したうえで本件不許可処分をしていることが認められるから、兼業を許可しなければならない事情があったとはいえないものと認められる。

4 原告は、市教委は、実際は、原告の卒業式妨害、指導要録不作成に対する懲戒ないし制裁の目的により本件不許可処分をしたものであると主張する。

《証拠略》によれば、原告が所属する教育合同は、原告が受けた停職処分に関連して平成九年九月四日に府教委と交渉したが、兼業の許可権限は市教委にあると府教委から教示を受けたので、同月九日市教委に対し交渉の申入れをしたこと、その結果同月一二日に交渉が行われ、市教委からは教職員課長ら四名、教育合同からは委員長、書記長ほか原告を含む組合員が参加したこと、その席で、地方公務員の兼業禁止を定めた地公法三八条の原告への適用等の話し合いがされ、市教委側は、原告から具体的な申請があれぱ検討すると述べたこと、その後原告は妹の紹介で実家の近くにあるレストラン「丙川」に働き口を見つけ、同月二六日に本件許可申請をしたが、同年一〇月三日に本件不許可処分がなされたこと、不許可処分の決定書に処分の理由は書かれていなかったこと、市教委職員課の甲田課長は、交通課、水道課等の市長部局からどのような場合に許可を与えているかの情報提供を受け、市教委内部で従前許可した場合を検討したところ、これまで市教委においては非常勤の消防団員を兼業する場合には許可を与えていたのに対し、営利事業に対しては不許可としていたことが明らかになり、被告において許可を与えられる職種は、公的な業務に限られるという認識をもち、本件許可申請にかかる業務は私的業務であったため不許可とするという結論に至ったことが認められる。

なお、《証拠略》によれば、大阪府教育委員会においては、貸地・貸駐車場等私的業務についても許可を認めており、私的業務を全く認めていない運用ではなかったこと、市教委と教育合同との交渉の際、市教委は、教育合同に対し、公的業務に限るという運用基準があるという発言はしていなかったことが認められる。しかし、他方、《証拠略》によれば、市教委には本件許可申請と同種の先例が少なかったこと、兼業許可の基準についてはあらかじめ交渉申込書に記載されておらず、実際の決裁権者と打合せをしていなかったこと、市教委が同種の先例について検討したのは教育合同との交渉後、本件不許可処分をするに際してであったこと、大阪府教育委員会においては、教職員の営利企業従事にかかる許可一覧記載の三一件の許可事例のうち、純粋に私的業務といいうるのは貸地・貸駐車場の二件だけであり、他は公的業務であるが、報酬があるために許可を必要とされた事例であることが認められる。

したがって、右認定事実によれば、市教委は、先例も少なく、事前の打合せもしていなかったことから教育合同との交渉の際には、公的業務に限るという発言をしていなかったが、その後の検討により右結論に至ったものと認められる。

そうすると、本件不許可処分の目的が原告に対して報復ないし制裁を加えるためであったとは認められない。

5 以上によれば、本件不許可処分をした市教委に裁量権の逸脱ないし濫用があったとすることはできず、市教委の本件不許可処分が違法であるとすることはできない。

第四  結論

よって、原告の本訴請求はその余について判断するまでもなく理由がないから棄却することとする。

(裁判長裁判官 吉川慎一 裁判官 倉地康弘 裁判官 井出弘隆)

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